髪の通りを良くしたいロングヘアなどの場合。

薄毛の悩みは解消 出来る

そのようなわけで、私のカツラ人生は順風満帆でした。手術室では多くの外科医の他に手術場勤務の看護婦さん達も働いています。この看護婦さん達も勿論手術室にいるときには帽子とマスクをしているので我々麻酔科医は普段、目元だけを見ているというわけです。20数人はいる手術場勤務の看護婦さんの顔と名前を全員覚えるのに1ヵ月もかからなかったのは、やはり当時私がまだまだ若くて、女性興味があったせいでしょう。に対しても大いにところが、彼女達が一歩手術場から出て帽子とマスクを取ってみると、ガックリしたものです。失礼な話ですが、マスクをしている時はキリッとしている看護婦さんでも、マスクを取ると妙に間が抜けてみえたり、予想以上にロが大きかったりして、良くてマスクをしている時と同程度、多くはグッと器量が落ちるのが普通でした。誰が言い出したかマスク美人という言葉があります。これはマスクをした時だけ美人に見える看護婦さんを表現した言葉だということは、容易に想像できると思います。このような話をある日、親しくなった若手看護婦さんとしていると、「先生達だって同じじやありませんか」という言葉が返ってきました。なるほど、こちらから見て思うことは相手から見ても同じこと。目元だけが涼しい麻酔科医、手術中だけはキリッとしている外科医も沢山いるようで、マスクを取ってガッカリ、ということも彼女達は随分経験しているようでした。さながら手術場というのは一種の仮面舞踏会にもたとえられましょう。この当時のことで私が覚えていることというと、外科の病棟医長をしておられたT先生のことです。

現状では植毛という選択しかないです。

彼は外科の病棟医長をやっているだけあって、頻繁に手術をやっていたのですが、またさわやかな人でもありました。大勢の研修医に弧爽と指示するさまは、これぞ外科医という感じで実にカッコ良かったのです。将来、外科方面に進もうと考えていた私にとっては、まさに未来の自分の姿を重ね合わせる格好のお手本でもありました。ところが、ところがです。ある日病棟で白衣を着て歩いているT先生を偶然見かけた私はびっくり。何と彼は見事なテッペンハゲだったのです。手術場と同様、弧爽と研修医に指示をしている姿の何と間の抜けたことか。もちろん、帽子もマスクもかぶっていない姿の方が本来であり、勝手に失望されたりするのは彼の罪で勝手に憧れられたり、も何でもありません。彼にとってはいい迷惑です。しかし、この日以来、カツラは私にとっては改めて必要不可欠なものとなったのでした。さて、このように順調に進んできた私のカツラ人生ですが、月日を重ねるに従って何回かの危機が訪れるようになりました。その第1は従兄が私の家に遊びに来たときでし
た。彼は私より3歳ほど年上なので、当時20代後半だったと思います。私の家系には見事なロマンスグレーというのはあまりなく、ハゲた人が多いのですが、彼もまた20代にして髪の毛が薄くなっていたのでした。そして、同じように髪の毛が薄くなっていた頃の私に「ベビーシャンプーを使ったらいいよ」とアドバイスしてくれてもいました。それが、ある日家に遊びに来たときに私の新しい頭を見て髪の毛が増えたんとちがう?直ちゃん、と聞いてきたのです。こういうふうに、非常に親しい人から聞かれた場合の対応は2つ考えられると思います。ひとつは正直にカツラだと言った上で口止めをすること。もうひとつはあくまでも知らんふりをすることです。とっさのことで、どっちの対応をしようかと私が一瞬つまったときに、横にいた母親が「そうよ。増えたんよ、いいでしょ」と言ってしまったのです。この一言でその場の方針は決定されてしまいました。すなわち、シラを切りとおす、ということです。彼は田舎育ちの純朴な青年なので、素直にそれを信じて「そうか。どうやったら増えたん?シャンプーを代えたん?」

 

毛母細胞の働きを抑制するタンパク質が生成される

この薄くなった状態

と真剣に根掘り葉掘り聞いてくるので大変困りました。危機の第2は高校時代の友達と集まって麻雀をしていたときのことでした。4人のメンバーのうちの1人が「あれえ? 笹生、前はもっと少なかったのに髪の毛が増えたんとちがう?」と聞いてきたのです。このときの友達はそうたびたび会うこともないので、あまりわからんだろうと思って、私はそうかなあ?とか何とかいってとぼけていました。でも、彼は「それに前は天パー天然パーマやったのに、真直ぐな毛になっとるで。天パーの髪の毛が真直ぐになることもあんのかなあ」とか何とか追及してきたのでヒヤヒヤものでした。その後、もっと恐ろしい危機がやって来るのですが、この時の私には想像もできませんでした。その話をする前に少しカツラのシステムについて説明しましょう。
3 カツラのシステム「カツラのシステムゆうたかて、そんなもん、ただハゲ頭に乗せとるだけやないか」と思われる人が多いかもしれません。しかし、実際にはカツラにもシステムが存在し、そのシステムのために日本の男性用カツラ会社、特に大手カツラメーカーがここまで大きくなったのです。

薄毛に対してどのような精神状態でい出してつまり、カツラが必要な人というのは何も全く髪の毛がないというわけではなく、前額部が後退していたり、ツムジの部分がカッパのお皿のようになっていたり、髪の分け目がトコトン切れ込んでいたり、という風に部分的に無くなっているわけです。そして、これらの大手カツラ会社のカツラというのは頭全体にかぶせる全カツラではなく、髪の毛の少ないところにだけかぶせる部分カツラなのです。この方式だと残っている本人の自毛を最大限生かして、見た目に自然な髪形を作ることができます。さらに、カツラの値段は大きさの大小によって変わってくるので、金銭的な面からもユーザーにとっては小さい方がよろしい、ということになります。ところが問題は、例えハゲていても残った部分の自毛は伸びてくる、すなわち散髪が必要だということです。普通の散髪屋に行って、パチンパチンとカツラをはずしてさあ、お願いしますと言ったら店中が大騒ぎになるでしょう。それなら、自宅からはずしていけばいいのですが、これまた知っている人に会ったら大変なことになります。そんなわけで普段カツラをしている人には専用の散髪屋が必要になります。この点にいちはやく着目したのが、現在の大手カツラ会社というわけです。私の場合、自宅から近い三宮の駅前にある雑居ビルの四階が、神戸方面の営業事務所を兼ねた散髪屋になっていました。お客さん同士が鉢合わせしても気まずいので、完全予約制と個室、ということがよく守られていました。待合室でも他のお客さんに会わないように、部屋が非常にうまい構造になっていたのを覚えています。ここで、大体1カ月に1回ぐらいの割合で散髪をすると同時に、はずしている時間を利用してカツラ(アスペン·ヘアーの人達はこの直接的な表現を避けて「製品」と言っていました)の点検とメンテナンスをするという具合です。先に述べたように、私の髪の毛は元々天然パーマだったので、カツラにもクセをつけていたのですが、このクセが1ヵ月もするとだんだんとれてきます。そのクセを改めてつける大切な時間でもあります。麻雀の最中に友達に指摘されたときには、かなりこのクセがとれていた時期だったのでしょう。この散髪がまた、ただの散髪ではありません。
美容家である柳本 剛氏に髪のツャをについて聞いてみた。
美容家である柳本 剛氏に髪のツャをについて聞いてみた。

女子の薄 毛に対して相当影響的である事

眉毛の間が下に向かう傾向の顔アスペン·ヘアーによれば、カツラをかぶせた段階でおかしくないように髪を切るので、これはただの散髪ではなく特殊な技術だというわけです。そういわれれば確かにそうで、普通の散髪屋ではこうはいかないだろう、というぐらい手際良く髪を切ってカツラをセットしてくれます。月1回とはいっても毎回同じ人が切ってくれる上に、「人に言えない秘密を知られている」ないしは「本来なら世間に顔向けできないようなことを大目に見てもらっている」という妙な安心感があって、担当の散髪屋さんとは随分親しく世間話などをした記憶があります。しかし、世間並みの散髪屋に比べて値段がだいたい1回が3000円ぐらいでした。そんなわけで、一日このシステムに組み込まれてしまうと、なかな高いということもなく、か他には行きにくいという状況になります。
4 見破られてしまった!さて第3の、そして最大の危機はその年の秋にやってきました。手術室ではいつ緊急手術があるかわからないので、麻酔科の方でも必ず指導医クラスと研修医クラスの2人が当直することになっています。大抵はこれという手術もなく待機しているだけに終わることが多いので、その日も風呂など浴びてのんびりしていました。そうすると手術場の当直の看護婦さんが「先生、梨をむいたのですが、ひとつどうですか?」というわけで、たまたまそこら辺でブラブラしていた同僚と2人で看護婦さんの当直室にお邪魔したのです。看護婦さんの方も枯れ切ったベテラン、生意気盛りの中堅、初々しい新人という3人の組み合わせでの当直です。

薄毛に悩む日々が続く

ときには新人でありながらも枯れている人とかもいたりするわけですが、とにかくこの人達と四方山話に花を咲かせていると、突然、怖い者無しの中堅看護婦が先生のそれ、アスペン·ヘアー?笹生先生!と聞いてきたのです。銘柄までのあまりの図星に私はしばらく言葉を失いました。ええっと……などと言っていると、麻酔科の同僚までが「ほんまや、何か頭に乗せているみたいや」などと言い出したのです。彼は元々1学年上の卒業なので、私のカツラに関する話は何も知らず、このようにあまりにも正直な反応になったのです。私はようやくこのことでちゃうで一と言いましたが、「いっぺんこうやってギュッと頭の毛をひっばってみてよ」と看護婦さんに言われてさらにうろたえてしまいました。どうやってその場を取り繕ったか、今となっては全然覚えていません。後で考えると直前にいい気になって風呂なんかに入ったのがいけなかったのだと思います。一旦水で濡らすとカツラの毛は乾きが悪い反面、自毛の方は常人以上に乾き易いので、境目がクッキリとついてしまうわけです。このことは余程注意しなくてはならないことなのですが、数年後にまたしても同じような失敗を繰り返してしまいました。このようなわけで普段は髪の毛のことはあまり意識していませんでしたが、何かの拍子に自分がカツラをしていることを強く意識させられるという日々を過ごしていたわけです。
5 苦難の青春ところで、何故、またどのようにして私は髪の毛を失っていったのでしょうか。「何故」ということに関してはハッキリいってわかりません。確かに父方の親戚も母方の親威もハゲている人が多いのは事実です。法事なんかがあると見事に頭の薄い年寄りが揃います。私の父親も髪の毛が薄い方ですが、私の記憶ではそれでも薄くなりだしたのは三十代の後半ぐらいからで、極めてゆっくりと生え際が後退していったという感じです。抜け毛·細毛の予防やお肌·身体の若さ維持に重要となる