毛穴が痛みます。

薄くなったということはないです。

例えば、散髪を終ってすっきりした気分で待合室を通って帰ろうとしたときに、どこかのカツラ親父が座っていたりすると、とたんに不愉快な気分になります。何か鏡に写った自分を見るような嫌悪感が猛然と湧き上がってきて、「このクソ親父、こんな年でカツラなんかつける必要ないやないか。なに取り繕ってんねん。それにおんどれの頭なんかカツラかぶっているの一目瞭然やで!」とか何とか思ってしまうのです。そう言えば、アスペン·ヘアーの営業担当の人の多くが自らもカツラをかぶっているというのは前にも述べましたが、散髪の担当者はどうなのでしょうか。ある日散髪している最中にこの疑問にふととらわれた私は、今まさに髪を切ってくれている人の頭をジーッと鏡の中で観察してみました。すると、「この人もカツラやったんや!」と気突然
がつきました。勿論、散髪屋さんですから自らの髪の毛には相当な気を使っていて、一部の隙もないような髪形でしたが、じっと見ると自毛とカツラの境目が突然見えたのです。この辺の感覚は初めて3Dポスターが立体的に見えたときの感覚に似ているような気もします。当然ですが、それを悟ったからといって本人に言うことはありませんでした。

毛髪·発毛業界全体の革命につながります。


毛髪業界の高額体質が進めば

>すでに薄毛を克服するための大きな一歩を踏み出しています。知らん顔をして世間話を続けていましたが、こんなときは何となく相手に申し訳ないような気がしたものです。
8 新製品登場さて、私のカツラ人生にも大きな変化が訪れました。アスペン·ヘアーから正真正銘の新製品が発表されたのです。いままでのカツラは髪の毛にピンで止める方式でしたが、新製品は自毛にくくりつける方式を採用していました。自毛にくくりつけるといっても、元より前頭部の毛はほとんどありません。したがって両側面から後方にかけての約3分2周にわたってほぼ1センチおきに自毛でカツッラをとめるという離れ業を行うわけです。今回の新製品はそれなりに大きいもので値段も高かったのですが、初めて装着したときには私は大いに満足しました。後頭部の皮膚にあたる金属ピンの違和感が全くありません。今まではカツラをつけたまま寝転ぶと皮膚と床や枕の間に硬いもの、つまりピンがあって少し皮膚が痛かったのですが、新しいカツラはまるで自分の本当の髪の毛のようにフィットしていました。前額部は今までどおり両面テープで貼ることになるのですが、いつも同じ場所にピタリと決まりました。このいつも同じ場所というのは非常に大切なことなのです。金属性のピンを使って自分の髪の毛にカツラをとめていると、そこの部分の毛がひっぱられてだんだん薄くなってきます。そこで少し右やら左やらに位置をズラしてカツラをとめなくてはなりません。毎朝起きたときに顔を洗うついでにカツラをとめるのですが、何しろ朝は誰に限らず忙しいものです。あまり位置をよく検討せずに適当にカツラをつけてしまうと、一日中いかにも変な具合になってしまいます。この点、あらかじめ両側面と後頭部の位置が決まっていれば、毎日同じ位置にピタリと決まるわけです。何よりも自分の髪の毛にカツラをくくりつけているのですから、寝るときもはずしたりしません。一々つけたりはずしたり、病院で当直していて夜中に起こされるたびにまたつけたり、などとやっているのに比べてはるかに楽でした。髪にくくりつける方式というのは実際にやってみると先に述べた以外にも旧製品に比べていくつかのメリット、デメリットがありました。まずメリットですが、やはり取れにくくなったことです。前額部の部分さえアロンアルファなどでしっかりとめておけば走ったり泳いだり、遊園地に行ってジェットコースターに乗っても全然平気です。いつぞやは病院でこんなことがありました。その患者さんは中年のチャキチャキした女性で良く言えば天真燭漫な人でした。この人に注射をしたときのことです。


活性化されない毛細胞からは健康な毛髪は形成されず

むしろ短髪にした方

ハゲを隠している髪のズレを確認してベッドに寝ている彼女に今から注射をしますよ私はかがみこんで注射をしました。上手にしたつもりですが、針を刺したとたんに彼女はと言って、イターッ!!と叫んで私の髪の毛をワシ掴みにしてギューッと引っぱったのです。私は仰天しましたが、とっさに「カツラをむしり取られてはならん!」と思い、彼女が引っぱった方向に頭の方も移動させました。レスポンスといい、過不足なく頭を移動させたことといい、これは自分でも驚くほどの反射的な技でした。「○○さん何をするんですかっ!」と思わず私は大きな声を出し、その患者さんも謝りましたが、もしこれが新製品でなかったなら、いくら私の反射神経がよかったとしても間違いなくカツラと頭は泣き別れに
なっていたでしょうし、患者さんの方は謝る前に大笑いをしたことでしょう。それでは新製品に変えたことによるデメリットはどんなことがあるでしょうか。ずばり、搾いことです。メーカーの説明によればカツラの後ろ側の3分の2周をとめているだけなので、前側があいており、ここから手を入れて頭皮を掻くことができるということになっています。ところが、ここから手というより実際には指ですがを入れても掻くことのできる部分はほんのわずかです。


これが初期脱毛なんだと思います。とにかく指の届く範囲だけでも、と思って掻くのですが、何しろほぼ1カ月の間つけっぱなしにしているので、頭の後ろ半分は日が経つにつれてどんどんフケが溜まり、癖くなってきます。風呂に入ったときにはカツラごしに頭を洗うのですが、こんなことでフケが落ちるはずもありません。洗わないよりはマシ、というぐらいのものです。そこで何とか指以外のもので頭皮を掻くことを考えました。最初は耳掻きです。これはさすがに本来「掻く」ために存在しているだけあって、先端の「皿」の部分がいかにもうまくできています。しかし全体が直線なので、結局は奥にまで、つまり搾いところまでは届かないのです。そこでこれをカーブにして、頭の形にフィットさせればいいのではないか、とは誰でも考えることです。この耳掻きは竹のような木のような材料でできていたので、何回も火であぶって、ぴったり合う形にしてから実際に使ってみました。しかし、所詮は木です。いくらいい形に曲げてあってもちょっと強く掻こうと思うと、ぐにやっと曲がって力が入らないのです。もう少し材料が硬いものだったらよかったのですが、木ではどうにもなりませんでした。その次に使ってみたのは薬匙です。薬匙というのは、薬を化学天秤などで正確に0.01グラム単位で量るときに使うものです。形は耳掻きにそっくりですが、全体に少し大きく、金属製なのでいかにも頼もしいように思いました。これを曲げて頭の形にフィットさせて使ってみますと、今度は大変具合が良くなりました。何しろ金属なので、ちょっとやそっとではぐにゃりとなることはありませんでした。ちゃんと先端の「皿」の部分にまで力が加わります。金属の冷たくて硬い感触が頭皮に伝わってきて、随分頼もしい気がしました。搾い皮膚もかなり広範囲にまで薬匙がカバーしてくれましたが、それでもいささか問題が残りました。ひとつは、いくら薬匙でも前額部から挿入したものが後頭部までは届かない、ということです。せいぜい頭頂部まで届くのが精一杯でありました。結局、後頭部の皮膚をどうしたのかといいますと、カツラを後頭部の自毛に1センチおきにくくりつけている隙間から薬匙を差し込んで皮膚を掻いたのです。こうすることにより、かなりの部分の頭皮をカバーすることができました。ところが、カバーできない部分もあります。たとえば、カツラを自毛にくくりつけている部分などは、いくら工夫しても薬匙を差し込んでも、陰になってしまって届きません。頑張って掻こうとするほどフラストレーションがたまっていきました。フケというものは単に接いただけではだめです。掻いて、フケを頭皮から浮かしたのちに洗髪してきれいに落としてはじめてサッパリするのです。特製薬匙でフケさらに、を浮かせるところまではできますが、頭を洗うと、せっかく浮かせたフケが再び頭皮に貼りつくので、元のもくあみになってしまいます。そのようなわけで、散髪に行って髪を切り、カツラをつけ直した直後はいいのですが1週間、2週間と日が経つにしたがってどうにも頭が搾くなってきます。考えてもみてく
ださい。次の散髪まで4週間のあいだ、頭を洗わないで我慢しているのと同じようなものです。特にスホポーツなどをして、汗をかいたりすると最悪です。癖くて癖くて他のことなどは全く考えられなくなります。散髪に行く1週間ほど前ぐらいからは、指折り数えてカツラをつけ直す日を待ちました。


最後の体育祭。

「カツラをはずしたら、その場でバリバリと両手で頭を掻きむしったるで」と、そのことばかり考えていました。3日ぐらい前からは秒読み開始です。「あと3日」、「あと2日」いよいよ前日になると、もうなりふり構わずカツラをむしり取ってしまいたくなります。いよいよ当日です。待ちに待った散髪屋に行くときの心境というのは言葉では言い表しがたいものがあります。その日は、たとえ美女に誘惑されても、百万円の儲そして、け話が転がり込んできても、そんなものは後回しです。とにかく一刻も早くカツラを外してもらってバリバリと頭を掻くことしか考えていません。しかし、人間とは不思議なものです。散髪の予定時間の30分ほど前になると、あれほど癖かった頭が急に癖くなくなってしまうのです。何と表現したらいいのか、不思議に落ち着いた心境になってしまうのです。「ジタバタしなくてもあと30分もすれば、思う存分頭を掻くことができるぞよ」と思うと急に余裕が出てくるのかもしれません。というわけで私は毎回平静の心をもって散髪に臨みました。散髪屋に一歩入ると、石鹸のいい匂いがプンとします。「ついにこの日が来たか。思えば長い1ヵ月であった」などと感慨に耽りながら散髪椅子に腰を下ろします。係の人が自毛にカツラをくくりつけた部分を手際良くはずしていきます。平静の心で散髪に臨んでいるせいか、このときの私には一切の洋み、迷い、恐れ、などの世間話をしながら、煩悩はありません。ひたすら係の人のなすがままになっています。ついさっきまであれほど気が狂わんばかりに梓かったのにです。

オイルを手にとって髪になじませるだけ

両手で強くかきむしると大量の髪の毛が抜けてしまいました。カツラをはずした瞬間、これまで1ヵ月の間封じ込められていた頭皮の熱気がモワッと立ちのぼるような気がします。ついに頭皮は全面的に解放されました。もう私はいくらでも好きなように頭を掻く自由を得たのです。係の人はカツラのメンテナンスをするので、すぐに部屋から出ていきます。「さあ、人目をはばからずに思う存分、頭を掻いてやるぞ。でも今はあまり搾くないなあ」などと考えながら、少し頭を掻いてみます。すると、途端に頭全体に火がついたように搾みが襲いかかるのです。あとはもうひたすらバリバリバリバリと両手で掻いて掻いて、掻きまくります。それはもう手が2本、指が10本しかないのがもどかしいぐらいです。たちまち、散髪用ガウンの上には雪が積もったようにフケやら細い髪の毛やらが積もっていきます。指は脂でネトネトし、爪の間には蝋のようなものがはさまりますが、そんなことはお構いなしです。ひたすらバリバリ、バリバリであります。自分からは見えませんが、おそらく頭の皮膚は引っ掻き傷だらけになってしまっていることでしょう。しばらくしてバリバリが一段落したころにタイミング良く、係の人が戻ってきて散髪の開始となるのです。その時点の私はもう全精力を「バリバリ」に使い果たこうして、してしまっており、不思議な虚脱感の中でいつも呆然自失としていました。この係の人というのが結構よく変るのもアスペン·ヘアーの特徴でした。大体、1年も続けて同じ人に担当してもらうことは殆どありませんでした。ある日、散髪に行ったときに担当の人が変わっており、話をきくと
「先月、突然転勤になったんですよ」というのがいつものパターンでした。そしてさらによく話を聞いてみると、田舎の支店の店長になったとか、会社が新しい支店を作ったので任されたとか、比較的景気のいい話ばかりでした。これは私の推測ですが、当時の男性用カツラ産業は全体に急成長していて、アスペン·ヘアーも儲かって儲かって仕方がなかったのではないかと思います。私の散髪の担当をしてくれた人は合計で10人ぐらいにはなっていたと思います。その中でもやはり世間話がはずむ人とそうでない人がいるのも事実でした。何といってもよく話がはずんビのは中原さんという人です。この人は多分、私と同じか少し若いぐらいの年齢ではなかったかと思います。ちょうど、ネスカフェのコマーシャルに出てくる宮本亜門に似た感じの人でした。医学物の小説が好きで、よく読んでいると彼は言っていました。