髪にも栄養が行き届きにくくなります。

手触りの良さを求めるほど失われる毛髪の自然治癒力

太古の昔、人間がまだ海にいたころの感覚にひたりながらひと泳ぎして、ふと顔を上げてみると、何とサインが出ているではありませんか。あわてて、しかもできるだけ自然に髪の毛を直しました。またひと泳永ぎして顔を上げて何気なく残りの2人をうかがうと再びサインが、しかも両方から独立して、出ているではありませんか。またしても髪の毛を直して、ひと泳ぎ……などとやっていたのですが、全くキリのない話でした。残りの2人は、私が危機に見舞われるたびに律儀にも毎回サインを出してくれたので、泳いでいるあいだは勿論のこと、みんなでビーチボールで遊んでいるときですら、ボールを打っては鼻に手を当て、ボールを打っては咳払いをし、もちろん私の方はボールを打っているときですら反対側の手は常に頭にいっている、という具合でした。こんなわけで、プールに赴くときの私を「必勝」というなら、帰るときの私の気持ちを何と表現したらいいのでしょうか。一敗地にまみれたというべきでしょうか、敗軍の将、兵を語らずでしょうか。誰かの言葉に「ハンディキャップというのは克服するものではなく、利用するものである」という格言がありますが、この当時の私にはハンディキャップを利用するどころか、克服することすらできませんでした。この世はおしなべて搾取構造、あるいは人の弱みにつけこむ構造になっているように思いますが、後にカツラを通じて多大なる搾取をされてしまう私は、この当時は別のことで弱みにつけ込まれていました。それは何かというと、いわゆる育毛剤であります。これはもう、はっきりと育毛剤とうたったものから、髪の毛によいという触れ込みの何やら怪しげな、そして馬鹿高い値段のシャンプーセットまで色々でした。そして、何か親のつかいで町の薬局に行ったようなときでも言葉巧みに店員に育毛剤を勧められるという具合でした。これら育毛剤の中でよく覚えているのは、ある週刊誌の記事で読んだ薬のことです。これは広告ではなく、普通の記事の中に出ていたのですが、高血圧の薬を開発中にドイツの製薬会社が偶然に見つけた、という育毛剤です。

頭髪全体は順調に濃くなっていると感じます。


薄毛をすべて笑いに変えてしまう彼の持ち前の明るさでしょう。

>小さな髪の毛が生えてきてこの薬はハゲの原因の一つとされる男性ホルモンの作用を弱くする5アルファ還元酵素阻害剤の一種で、理屈からすれば確かに医学的には何らかの効果があるはずなのです。これはどこかで売っているはずだ、と思って色々探してみたのですが、随分マイナーな薬らしくなかなかみつかりませんでした。結局、大阪では天満にある薬局だけが扱っていることがわかりました。この薬こそが私の人生を根本的に変えるかもしれない、などと思いながら喜んでさっそく出かけてみました。所番地を頼りに行ってみると、随分場末にある小さな薬局です。入口のガラス戸には例によって更年期に効く漢方薬だとかだとか、果てはぢを肩こり、冷え症に治すだとか、ある意味では不気味な貼紙がたくさんしてありました。「こんな薬局で大丈夫かいな」とも思ったのですが、「いやいやどこで売っていても効くものは効くは
ず」とも思って中に入ることにしました。「あのう、ナントカカントカという名前の薬のことで」と言うや言わずのうちに、初老の店の主人がすぐに「ハイハイ、まあ掛けて下さい」と言ったのは、その育毛剤が売れ筋だったからというよりも、口にする前に私の用件を察知したからかもしれません。とにかく育毛剤を手に入れたらすぐに帰って頭につけてみるつもりだった私は椅子に座らされて、延々、主人の講釈を聞くはめになってしまいました。そして、その親父はいつごろから髪が抜け出したか、とかどのような性状のフケが出るかを根掘り葉掘り尋ねて記入していくのです。たぶん、製薬会社何やらカルテと称するものを出してきて、か何かのアンケートのようなものだと思うのですが、あまりにも時間が長くかかったので私はイライラして、思わず「要するに5アルファ·リダクテース·インヒビター(還元確かに医学的にも辻つまが合うので酵素阻害剤を英語ではこう呼ぶ)なんでしょ買いにきたんですよ」!とか何とか言ってしまったのです。店の主人はしばらくあっけにとられていたようですが、すぐ気をとりなおして「それじゃあ、薬効の方はよくおわかりでしょうから、省略しときます」と言ってようやく講釈を終わってくれました。しかし、値段の方は省略してもらえず、8000円ぐらいはふんだくられたように思います。さっそく家に帰って、頭につけてみたのですが、匂いも悪くありませんでした。この「匂い」というのが育毛剤には結構大切で、何しろ毎日つけるものですから、あまりにも悪臭だとか、あまりにも独特の匂いでは良くありません。たとえば某有名育毛剤なんかは独特の匂いなので、つけている人のそばによるとすぐにわかってしまいます。髪の毛の少ない人の心理として、ハゲている状態もさることながら、それに対して悪あがきをしているのを他人に知られる、というのも同じように耐え難いわけです。しかし、他の育毛剤と同様、せいぜい2週間ぐらいつけただけで、いつのまにかつけなくなってしまいました。これは単に私が怠慢で中途半端な人間だったからです。結局のところ、どれが私に向いた育毛剤やら、どれが無効だったのやら、何もわからずに終わってしまいました。多分、ハゲている人にこういうキャラクターの人は多いのではないでしょうか。この人の髪の毛は危なそうだな、と思う人に限って何も髪の毛の手入れをせずにボサボサということがよくあるように思います。私自身も、ちゃんと人並みに髪の毛の手入れをしていれば、ここまで早くハゲることはなかったのかもしれません。
6 カツラにするとモテるのか?


薄毛に悩む方

神戸方面の営業事務所を兼ねた散髪屋になっていました。ただの散髪ではありません。

その後も満足に栄養が行かない髪話をその後のカツラ人生の方に戻しましょう。「果たしてカツラにしてから人生は変ったのか?」というのが、これを読んでいる人々の疑問ではないでしょうか。もっと簡単に言えば「カツラを乗せてから女の子にモテるようになったんか?」ということになりましょう。これは単純明快に答えるのは結構難しい質問です。が、あえて簡単に言いますと、答えはイエスであります。カツラをかぶっていた当時、私が同年代の男性よりモテていたかどうかはわかりません。しかし、カツラをかぶるようになってからの私が以前の自分に比べてモテるようになったことは事実です。あまりよく知らない女性からいきなり電話があったり、手紙が来たり、突然セーターが送られてきたこともありました。また、病院の皆で飲みに行ったときに看護婦さんの1人に「私、先生の電話番号を教えてほしいの」と言われたこともありました。このときは不幸にも電話をつけたばかりで番号を覚えていなかったので教えることができませんでした。普通ならすぐ後にフォローするはずですが、ついそのまま放置してしまったのが私の性格をよくあらわしています。あるときなどは、なぜか職場の女性2、3人といっしょにバスタブのショールームで見本を見ていたのですが、私が「こんなわけのわからん形のバスタブに入る人がいるんかねー」


になると毛母細胞の分裂が弱と言ったら、いっしょに見ていた女性の1人に「私、先生と一緒だったら入ってもいいわ」とそっと帰かれた!!こともあります。しかし、残念ながらこのときもそれだけに終わってしまいました。というのは、今から帰くぞという予告でもあれば何か気の利いた、しかも効果的なセリフでも用意しておくところですが、突然言われてもあっけにとられてしまうだけです。もっと人生修行を積んだ人間なら、遅ればせながらも電話するなりして彼女の期待に応えるということもありましょう。その場で段取りをつけるぐらいになれば、これはもう達人の域といえるかもしれません。カツラをつけて人並みの青春を送っていた反面、心の中では世間に対して嘘をついているという罪悪感が常にありました。本当は頭がハゲとるのに、カツラで誤魔化しとという意識です。一方、「20代でこんなにハゲてしまうことの方がおかしい。本当はもっと髪の毛がフサフサしていて普通なんや。カツラをつけるっるのはフェアやない」ちゅうことは本来の自分に戻るだけやないかという気持ちもありました。このような心の葛藤はよく夢の中に出てきました。カツラがなくなってしまって恥をかき、ハゲ頭
をさらしながら大勢の人間の前でそれを探しまわる、というような夢を何十回見たことかわかりません。そういえば、年末によく放送される「爆笑!スポーツ名場面、珍場面」というような番組で、試合中にカツラがはずれてしまったテニスの選手を見たことがあります。彼は難しいボールに飛びついた拍子にカツラを飛ばしてしまったのです。その瞬間、観客に気づかれはしなかったろうか、という表情で彼は周囲をうかがってから、さりげなくカツラを拾ったのです。そんなもん、観客は1人残らず気がついたに決まっていますが、それでも周囲をうかがうところがカツラを使っている人間の心理をよくあらわしています。そういう私も一度、本当にカツラがはずれてしまったことがあるのです。大学を卒業したばかりの頃、私は週1回、大阪府内の公園のプールの医務室でアルバイトをしていました。医務室にやってくる人の大半は擦り傷か、プールの消毒薬で目が痛くなった人達です。ベテランの中年看護婦さんが勝手に消毒したり、Vロートを点眼してくれるので私は何もすることがありませんでした。そんなわけで、私は勤務時間の間はもっぱら泳ぐか昼寝をするかしていました。


頭皮の毛穴が詰まってしまい抜け毛の原因になるのです。

ここのプールでは私達の他にも水面監視のアルバイト学生も何人かいましたが、彼等は皆、日に焼けたたくましい体つきの青年で、ブールサイドの高い椅子に座って溺れるものがいないか見張っていたり、水温を計ったりするのが仕事でした。プールの方は昼間は賑わっていますが、私が出勤する午前9時頃は殆どお客さんはいません。そこで、誰もいないブールを1人で独占して泳ぐわけです。私が1人だけで泳いでいても水面監視のアルバイト学生はテントから出てきてブールサイドの椅子で律儀にも見張りをしていました。事件はその監視人の目の前で起こったのです。気持ちよく泳いでいた私は、つい調子に乗ってブールサイドから飛び込みをやってしまったのです。バシャーンと水の中に飛び込んで、バシャバシャと泳ぎかけた私は何故か急に額のあたりが涼しくなったような気がしました。立ち上がって頭頂部に手をやった私は、本来そこにあるべきものが無くなっているのに気がついたのです。いや正確にいうと無くなっていたのではありません。5カ所で止めてあるうちの最も重要な1番前のピンが飛び込んだ勢いではすずれて、カツラの前半分がとれて裏返しに折り返されていたのです。「ぬぬっ、これはもしかしてアルバイト学生に目撃されたかもしれマズイ。などと思ない」いましたが、水面監視人の様子を見る勇気もなく再び水の中に潜替りました。泳ぎながらはずれたビンをつけ直し、そのまま反対側からプールを出て、何食わぬ顔で医務室に戻りました。全く、カツラにとって水は大敵です。さて、カツラをしている人間は他にも思いがけないところで注意しなくてはなりません。経験のない人にとっては考えもしないことでしょうが、服を買うときなどにも注意する必要があるのです。百貨店などを歩いていてよさそうなセーターが目についたとしても、それがVネックであればいいのですが、首がつまっているようなタイプだと買うのをあきらめなくてはなりません。

上の髪で見えないようだ

その金額がかかり続けるという事です発毛サロン業界最大手セーターを脱いだとたん髪の毛も取れて、まわりの人をびっくりさせかねないからです。さらに注意しなくてはならないのは遊園地です。ジェットコースターなどに乗ると、頭に当たる風の勢いでカツラが飛んでいってしまうかもしれないのです。実は私はこれでエライ目に遭ったことがあるのです。
本来その日は遊園地に行く予定などありませんでした。しかし、お相手の女性が遊園地に行きたがったので、つい「遊園地なんか怖くないぞ!」とわけのわからない意地を張ってしまったのです。でももうあとの祭です。なぜか私は遊園地の入口に吸い込まれてしまいました。さらに悪いことには、その女性は何故かスリリングな乗り物がお好みのようでした。でも、彼女が「フライング· カーペットに乗ってみましょう」と言ったときにはまだチャンスがあったはずです。「いやあ、どうも僕はこういうのに弱くって」という言い訳をして逃れてもよかったのです。事実私は乗り物酔いが激しく、子供の頃からバスが苦手でした。しかし私は愚かにも「フライング·カーペットだろうが何だろうが、怖くないぞ!」という意地を張ってしまったのです。確かに泣こうが叫ぼうが時間が来れば乗り物は止まります。しかし、風で髪の毛が飛んで行ってしまったら、私の立場はどうなるのでしょうか。いろんな意味で取り返しのつかないことになるのは目に見えています。そのことを恐れた私は取りあえずトイレに行って髪の毛の点検をしました。5つのピンをもう一度しっかり止めなおしたのですが、どうも最近、前額部がさらに薄くなって髪の毛を挟んで止めるピンがいくら頑張ってもしっかり止まらなくなっていたのです。前後にずらしたり、左右にずらしたりしてみましたが結局、少し緩いままにきており、しておかなくてはなりませんでした。覚悟は決めたものの、これという対策もなく私はフライング·カーペットに乗り込むことになりました。これは4、50人ほど人を乗せて縦にグルグルと回る乗り物です。外から見ている分にはさほど怖そうには見えませんでしたが、いざ乗るとなるとメガネや持ち物は飛んでいってしまわないように預けなくてはなりませんでした。思わず頭のテッペンは大丈夫だろうかと心配してしまいました。さて、座席に座ると安全ベルト代わりの鉄のバーが膝の上にガチャンと降りてきました。万が一のときでも人間がカーペットから放り出されないように、ということです。前の座席の背もたれの手すりをしっかり握るとカーペットがおもむろに動き始めました。ゆっくりと高いところまで上がって行きます。頂点で一旦ピタリと止まったときには予想よりも随分高いところに来てしまっており、「こりゃあちょっとマズイぞ」という気がしてきました。つかのまの静止の後にカーペットは地面めがけて落ち始めたのです。周囲からは「キャーツ」という悲鳴が上がっています。私は無意識のうちに右腕で手すりを抱え込み左手で頭頂部を押さえていました。万ーカーペットから体が放り出されても困るが髪の毛も放り出されたら困る、という私の立場からすれば他の姿勢は取りようがなかったのです。「グオオオオオ、グオオオオオ」という不気味なうなりを上げてカーペットは前に回ったり後ろに回ったりします。