半永久染毛料染毛剤

今日は何が何でも髪を守り抜くと。

これに対して製黙っているのは、お尻を撫でられた女性が黙っていて一言も言わないのと同じことでしょう。「スキンヘッドを撫でられたら間髪をいれずに相手を殴るべきである」と私は自分に言い聞かせました。どちらかといえば私は気が長く、腹の立つタイミングが人様より30秒ほど遅いので、「間髪をいれずに相手を殴る」というのは最も苦手とするところです。しかし、ことは男の面子にかかわることなので、イザというときにはやはり態度を
はっきりさせる必要がありましょう。このようなことを書いていると、この時期の私はすっかりスキンヘッドにすることを決心していたように思われるかもしれませんが、本当のところはかなり迷いがありました。スキンヘッドにするということはいかにも男らしいし、あの気の狂いそうな頭の癖さともおさらばできます。しかし、しかしです。実際にスキンヘツドにするということは、カツラをとることも含めて随分抵抗があるのも事実でした。妻はとにかく剃れ、剃れと毎日のように言います。なんという新妻でしょう!私はいずれ将来的にはスキンヘッドにするつもりにはなりましたが、それは2、3年先のことだろうな、と漠然と考えていました。

さて、脳外科では当然のことですが頭の手術をします。このときには手術前に全刺毛といって、患者さんの頭をすっかり剃ってしまうわけです。髪の毛があると、消毒したり皮膚を切ったりするのが難しくなりますが、何といっても手術しているときに髪の毛が脳の上に落ちたり、中に入ってしまったら大変なことになるからです。しかし、特に若い女性の患者さんの中には髪の毛を切ることに抵抗のある人が随分沢山いるようです。我々の感覚からすれば、髪の毛を切っても命の危険もなければ痛くもないわけで、手術そのものに比べればずっと気楽に済ませることができるのではないか、と思うのですがそうもいかないのが現実のようです。「先生は女性の心がわからないのよ、私は手術よりも髪の毛を切ることの方が嫌よ!」と言ったのは20歳を過ぎたばかりの学生さんでした。彼女は髪の毛を腰のあたりまで伸ばしていましたが、いざ病院内にある散髪屋に行って制毛するというときには相当抵抗しました。「そんなに私を丸坊主にしたいのだったら、先生も剃ったらどうなの。そうしたら患者さんの気持ちがわかるわよ」と言われたときにはよっぽど、「よっしゃ、ええチャンスやからこの際、思いきってスキンヘッドにしてしまおうか」と思わないでもありませんでした。患者のためという大義名分のもとに一気にスキンへッドにしてしまえば、私の過去を疑うものは誰もいないはずです。もう一歩のところでスキンヘッドにするのを踏みとどまったのは何も大した理由があるわけでもありません。そのときにはすでに土曜日の夕方になっており、早く家に帰って休みたかったからでした。

使う毛髪を選んだ


カツラや植毛など

「悪いな、ワシもう帰るから君1人で行っておいで。そのうちにワシかて丸坊主にするさかい」と言って私は病院を出たのでした。スキンヘッドにしようかどうしようか、と悩んでいることはそう誰にでも相談できることではありません。そんなわけで私が相談したのは事もあろうにアスペン·ヘアーの中原さんでした。「先生、今さら何言うてるんですか。スキンヘッドやなんて正気の沙汰やないですよ!そんなこと言わんと、新しいのを1個あつらえはったらどうですか。今使っている製品は大分いたんできてますから、また新しいのが必要になりますよ。今度の新製品は前に比べるとずっと具合がいいですよ」という彼に乗せられて私はスキンヘッドにするどころか新しい製品を1つ注文してしまったのでした。またまたン十万円の出費です。新しい製品ができるまでには数週間かかりますが、この期間は少しうきうきした気分になる反面、大金が出ていくのが辛くもありました。
11 むしり取られたカツラちょうどゴールデンウィークになり、私は病院を休んで四国の妻の親戚の家に遊びに行きました。妻の母方の親戚はこの地で由緒正しい旅館を代々やってきたのですが、それを継いでいるのが叔母でありました。旅館の名前を「錦水」叔母は皆に「錦水さん」といわれていました。私たちはこの旅館に泊まって自転車に二人乗りして今治といい、城に行ったり、映画を見に行ったり、キャッチボールをしたりして過ごしました。そうやって普段できないことをして過ごしましたが、その間も妻は毎日のように「今しかない。今こそ剃ってしまうチャンスよ」と私を説き伏せようとしていました。そのうちにふと「いっそ坊主にしてしまおうか」という考えが頭をかすめました。念のため錦水さんに聞いてみると「折角、髪の毛があって若々しいし、本人はそれでちゃんとやっているのだから、無理に剃ることはないじゃないの」という、ごく普通のレスポンスでした。この2人の間に挟まれた私は「剃る剃らないは別にして、とりあえず開いている散髪屋の場所だけ確認してみよう」というまことに中途半端な決定をしました。しかしゴールデン ·ウィークのこととて営業している散髪屋さんは皆無でした。ちょっと足を伸ばして結婚式場にもなっているホテルに行ってみましたが、美容院はあれども散髪屋はありませんでした。「せっかく決心したのに残念だなあ」と私は半ば嬉しいぐらいでした。

の発毛·育毛剤の使い方髪が完全に乾き

しかしこれを聞いた錦水さんは、幼な馴染みの近所の散髪屋に電話をかけて、「ちょっと一郎ちゃん、うちの甥っ子が頭をすっかり剃ってしまうけん、店を開けてちょうだい」と閉まっている店を無理やり開けさせてしまったのです。どうやら私の頭は、これを全部剃るという方向ですっかり皆の話が決まってしまいました。私は座布団をくくりつけた自転車の荷台に再び妻を乗せて、散髪屋に行きました。「実は私、今までカツラをしていたんですが、この際とってしまって坊主にしようと思うんですわ」と、散髪屋のオッサンに告白すると、オッサンは「へっ全部剃ってしまうんですか?」といって今さらながら驚いてしまいました。「このカツラは後ろの方で髪の毛にくくりつけて止めてあるんですけどね、まずこれを切ってはずしてほしいんです」「ようできてるカツラですなあ」というわけで、結婚以来、というより知り合って以来初めて真実の頭を妻にさらすことになりました。オッサンの方はいつまでも驚いていて「ほんまにこれ全部剃ってしまっていいんですな?」とやっています。初めて私のカッパ頭を見た妻はいっきに5歳ぐらい老け込んだような私の風貌を目のあたりにして、一瞬これは失敗か?と思ったそうです。私としては
ハゲている頭を見られる方が坊主頭よりも数段恥ずかしかったので「何でもええから、はよ剃ってくれ!」という心境でした。ウィーンというバリカンの振動が頭の皮膚に響きながら、残り少ない髪の毛がバサッ、バサッという風に床に落ちていきます。


右側の方が薄いですね

薄毛を克服できるかどう

そしてついにはすっかり坊主に、というよりスキンヘッドになってしまいました。外したカツラは用がなくなったとはいえ、一応袋に入れて持って帰ることにしました。再び自転車の荷台に妻を乗せ、すっかり涼しくなった頭で錦水旅館に向かってペダルを漕ぎました。やはり一歩外に出ると周囲の人の目が気になります。道を歩いている人が全員こちらを注目しているような気がするので全速力で町を走り抜けました。旅館に帰りつくと叔母がヒノキの風呂をわかして待っていてくれました。昼風呂に入って細かい髪の毛や長年にわたってたまった頭皮の垢を落とします。途中で妻が風呂を覗きに来ましたが、彼女は後々まで「あのとき浴槽にゆらゆらと浮かんでいた白い坊主頭が忘れられないわ」風呂から出た私は旅館の玄関の前で妻と叔母とともに記念写真を撮りました。今でこそ顔の皮膚の色と頭の皮膚の色が一致していますが、このときの写と言ったものでした。真では随分と生っ白い頭で、しかも恥ずかしそうな表情です。しかし妻の方は「やっぱり私の思っていた通り、頭の形がいいので坊主が似合うわあ」と御満悦でした。その夜、私は錦水旅館でひんやりした枕を後頭部に感じながら「とうとう本当にやってしもた」という感慨とともに眠りについたのでした。

薄毛について


かえって薄さを際立たせてしまうのは間違いないです。

さてスキンヘッドの頭で外に出ていきますと、四国の田舎町のこととて単に歩いているだけで周囲の人を随分驚かせてしまったようでした。ただでさえ身長180センチ以上ある大男の上に、スキンヘッドの頭が乗っているとなると田舎の人々には刺激が強すぎるようでした。どうも周りから人がいなくなるように思ったのは気のせいだったのでしょうか。一方、妻の方は「頭を坊主にしたからには、それに似合うメガネをあつらえなくっちゃ」と妙に張り切っていました。周囲に知り合いのいない田舎で坊主頭で過ごすのはしばらくすると慣れてしまいました。問題はいかにして大阪に復帰するかということです。どういう顔をして職場に出勤するのか、周囲の人々にどうやって言い訳をするのか、というのが私にとっての最大の課題でありました。否応なく時間はたち、ついにスキンヘッド後の初出勤の日がやってきました。
12 新たな出発人生の一大記念日であったはずのこの日のことは、妙なことにかなりの部分の記憶が欠落しています。この頃の私は自転車で大学附属病院まで出勤していたので、いつものように家を出て、白転車置場にとめたはずです。そこから病院の玄関を通り、エレベーターで9階まで上がり、病棟の1番奥にある研修医室まで行くのがお決まりのコースでした。その間には何人かの看護婦さん、患者さんやその家族、他科の医師などに会ったに違いありません。おそらくは、相手が事態を認識するよりも早くおはようございますと挨拶しながら小走りに研修医室に向かったのではないかと思います。ここまでの記憶があまりないということは、何といってもその先に待ち構えている研修医室の扉こそ私が最も重要視していたものだということを示唆しているのかもしれません。扉の前で私は一瞬止まってしまいましたが、すぐに気をとりなおして「おっはようこございまーす!」と勢いよく、しかもさりげなく入っていきました。私の頭に対する反応は予想したほどにはすぐに返ってきませんでした。

  • 毛穴の皮脂など
  • 生えなくなった髪の毛を再び生やす
  • この洗髪法です

髪にも栄養が行き届きにくくなります。

手触りの良さを求めるほど失われる毛髪の自然治癒力

太古の昔、人間がまだ海にいたころの感覚にひたりながらひと泳ぎして、ふと顔を上げてみると、何とサインが出ているではありませんか。あわてて、しかもできるだけ自然に髪の毛を直しました。またひと泳永ぎして顔を上げて何気なく残りの2人をうかがうと再びサインが、しかも両方から独立して、出ているではありませんか。またしても髪の毛を直して、ひと泳ぎ……などとやっていたのですが、全くキリのない話でした。残りの2人は、私が危機に見舞われるたびに律儀にも毎回サインを出してくれたので、泳いでいるあいだは勿論のこと、みんなでビーチボールで遊んでいるときですら、ボールを打っては鼻に手を当て、ボールを打っては咳払いをし、もちろん私の方はボールを打っているときですら反対側の手は常に頭にいっている、という具合でした。こんなわけで、プールに赴くときの私を「必勝」というなら、帰るときの私の気持ちを何と表現したらいいのでしょうか。一敗地にまみれたというべきでしょうか、敗軍の将、兵を語らずでしょうか。誰かの言葉に「ハンディキャップというのは克服するものではなく、利用するものである」という格言がありますが、この当時の私にはハンディキャップを利用するどころか、克服することすらできませんでした。この世はおしなべて搾取構造、あるいは人の弱みにつけこむ構造になっているように思いますが、後にカツラを通じて多大なる搾取をされてしまう私は、この当時は別のことで弱みにつけ込まれていました。それは何かというと、いわゆる育毛剤であります。これはもう、はっきりと育毛剤とうたったものから、髪の毛によいという触れ込みの何やら怪しげな、そして馬鹿高い値段のシャンプーセットまで色々でした。そして、何か親のつかいで町の薬局に行ったようなときでも言葉巧みに店員に育毛剤を勧められるという具合でした。これら育毛剤の中でよく覚えているのは、ある週刊誌の記事で読んだ薬のことです。これは広告ではなく、普通の記事の中に出ていたのですが、高血圧の薬を開発中にドイツの製薬会社が偶然に見つけた、という育毛剤です。

頭髪全体は順調に濃くなっていると感じます。


薄毛をすべて笑いに変えてしまう彼の持ち前の明るさでしょう。

>小さな髪の毛が生えてきてこの薬はハゲの原因の一つとされる男性ホルモンの作用を弱くする5アルファ還元酵素阻害剤の一種で、理屈からすれば確かに医学的には何らかの効果があるはずなのです。これはどこかで売っているはずだ、と思って色々探してみたのですが、随分マイナーな薬らしくなかなかみつかりませんでした。結局、大阪では天満にある薬局だけが扱っていることがわかりました。この薬こそが私の人生を根本的に変えるかもしれない、などと思いながら喜んでさっそく出かけてみました。所番地を頼りに行ってみると、随分場末にある小さな薬局です。入口のガラス戸には例によって更年期に効く漢方薬だとかだとか、果てはぢを肩こり、冷え症に治すだとか、ある意味では不気味な貼紙がたくさんしてありました。「こんな薬局で大丈夫かいな」とも思ったのですが、「いやいやどこで売っていても効くものは効くは
ず」とも思って中に入ることにしました。「あのう、ナントカカントカという名前の薬のことで」と言うや言わずのうちに、初老の店の主人がすぐに「ハイハイ、まあ掛けて下さい」と言ったのは、その育毛剤が売れ筋だったからというよりも、口にする前に私の用件を察知したからかもしれません。とにかく育毛剤を手に入れたらすぐに帰って頭につけてみるつもりだった私は椅子に座らされて、延々、主人の講釈を聞くはめになってしまいました。そして、その親父はいつごろから髪が抜け出したか、とかどのような性状のフケが出るかを根掘り葉掘り尋ねて記入していくのです。たぶん、製薬会社何やらカルテと称するものを出してきて、か何かのアンケートのようなものだと思うのですが、あまりにも時間が長くかかったので私はイライラして、思わず「要するに5アルファ·リダクテース·インヒビター(還元確かに医学的にも辻つまが合うので酵素阻害剤を英語ではこう呼ぶ)なんでしょ買いにきたんですよ」!とか何とか言ってしまったのです。店の主人はしばらくあっけにとられていたようですが、すぐ気をとりなおして「それじゃあ、薬効の方はよくおわかりでしょうから、省略しときます」と言ってようやく講釈を終わってくれました。しかし、値段の方は省略してもらえず、8000円ぐらいはふんだくられたように思います。さっそく家に帰って、頭につけてみたのですが、匂いも悪くありませんでした。この「匂い」というのが育毛剤には結構大切で、何しろ毎日つけるものですから、あまりにも悪臭だとか、あまりにも独特の匂いでは良くありません。たとえば某有名育毛剤なんかは独特の匂いなので、つけている人のそばによるとすぐにわかってしまいます。髪の毛の少ない人の心理として、ハゲている状態もさることながら、それに対して悪あがきをしているのを他人に知られる、というのも同じように耐え難いわけです。しかし、他の育毛剤と同様、せいぜい2週間ぐらいつけただけで、いつのまにかつけなくなってしまいました。これは単に私が怠慢で中途半端な人間だったからです。結局のところ、どれが私に向いた育毛剤やら、どれが無効だったのやら、何もわからずに終わってしまいました。多分、ハゲている人にこういうキャラクターの人は多いのではないでしょうか。この人の髪の毛は危なそうだな、と思う人に限って何も髪の毛の手入れをせずにボサボサということがよくあるように思います。私自身も、ちゃんと人並みに髪の毛の手入れをしていれば、ここまで早くハゲることはなかったのかもしれません。
6 カツラにするとモテるのか?


薄毛に悩む方

神戸方面の営業事務所を兼ねた散髪屋になっていました。ただの散髪ではありません。

その後も満足に栄養が行かない髪話をその後のカツラ人生の方に戻しましょう。「果たしてカツラにしてから人生は変ったのか?」というのが、これを読んでいる人々の疑問ではないでしょうか。もっと簡単に言えば「カツラを乗せてから女の子にモテるようになったんか?」ということになりましょう。これは単純明快に答えるのは結構難しい質問です。が、あえて簡単に言いますと、答えはイエスであります。カツラをかぶっていた当時、私が同年代の男性よりモテていたかどうかはわかりません。しかし、カツラをかぶるようになってからの私が以前の自分に比べてモテるようになったことは事実です。あまりよく知らない女性からいきなり電話があったり、手紙が来たり、突然セーターが送られてきたこともありました。また、病院の皆で飲みに行ったときに看護婦さんの1人に「私、先生の電話番号を教えてほしいの」と言われたこともありました。このときは不幸にも電話をつけたばかりで番号を覚えていなかったので教えることができませんでした。普通ならすぐ後にフォローするはずですが、ついそのまま放置してしまったのが私の性格をよくあらわしています。あるときなどは、なぜか職場の女性2、3人といっしょにバスタブのショールームで見本を見ていたのですが、私が「こんなわけのわからん形のバスタブに入る人がいるんかねー」


になると毛母細胞の分裂が弱と言ったら、いっしょに見ていた女性の1人に「私、先生と一緒だったら入ってもいいわ」とそっと帰かれた!!こともあります。しかし、残念ながらこのときもそれだけに終わってしまいました。というのは、今から帰くぞという予告でもあれば何か気の利いた、しかも効果的なセリフでも用意しておくところですが、突然言われてもあっけにとられてしまうだけです。もっと人生修行を積んだ人間なら、遅ればせながらも電話するなりして彼女の期待に応えるということもありましょう。その場で段取りをつけるぐらいになれば、これはもう達人の域といえるかもしれません。カツラをつけて人並みの青春を送っていた反面、心の中では世間に対して嘘をついているという罪悪感が常にありました。本当は頭がハゲとるのに、カツラで誤魔化しとという意識です。一方、「20代でこんなにハゲてしまうことの方がおかしい。本当はもっと髪の毛がフサフサしていて普通なんや。カツラをつけるっるのはフェアやない」ちゅうことは本来の自分に戻るだけやないかという気持ちもありました。このような心の葛藤はよく夢の中に出てきました。カツラがなくなってしまって恥をかき、ハゲ頭
をさらしながら大勢の人間の前でそれを探しまわる、というような夢を何十回見たことかわかりません。そういえば、年末によく放送される「爆笑!スポーツ名場面、珍場面」というような番組で、試合中にカツラがはずれてしまったテニスの選手を見たことがあります。彼は難しいボールに飛びついた拍子にカツラを飛ばしてしまったのです。その瞬間、観客に気づかれはしなかったろうか、という表情で彼は周囲をうかがってから、さりげなくカツラを拾ったのです。そんなもん、観客は1人残らず気がついたに決まっていますが、それでも周囲をうかがうところがカツラを使っている人間の心理をよくあらわしています。そういう私も一度、本当にカツラがはずれてしまったことがあるのです。大学を卒業したばかりの頃、私は週1回、大阪府内の公園のプールの医務室でアルバイトをしていました。医務室にやってくる人の大半は擦り傷か、プールの消毒薬で目が痛くなった人達です。ベテランの中年看護婦さんが勝手に消毒したり、Vロートを点眼してくれるので私は何もすることがありませんでした。そんなわけで、私は勤務時間の間はもっぱら泳ぐか昼寝をするかしていました。


頭皮の毛穴が詰まってしまい抜け毛の原因になるのです。

ここのプールでは私達の他にも水面監視のアルバイト学生も何人かいましたが、彼等は皆、日に焼けたたくましい体つきの青年で、ブールサイドの高い椅子に座って溺れるものがいないか見張っていたり、水温を計ったりするのが仕事でした。プールの方は昼間は賑わっていますが、私が出勤する午前9時頃は殆どお客さんはいません。そこで、誰もいないブールを1人で独占して泳ぐわけです。私が1人だけで泳いでいても水面監視のアルバイト学生はテントから出てきてブールサイドの椅子で律儀にも見張りをしていました。事件はその監視人の目の前で起こったのです。気持ちよく泳いでいた私は、つい調子に乗ってブールサイドから飛び込みをやってしまったのです。バシャーンと水の中に飛び込んで、バシャバシャと泳ぎかけた私は何故か急に額のあたりが涼しくなったような気がしました。立ち上がって頭頂部に手をやった私は、本来そこにあるべきものが無くなっているのに気がついたのです。いや正確にいうと無くなっていたのではありません。5カ所で止めてあるうちの最も重要な1番前のピンが飛び込んだ勢いではすずれて、カツラの前半分がとれて裏返しに折り返されていたのです。「ぬぬっ、これはもしかしてアルバイト学生に目撃されたかもしれマズイ。などと思ない」いましたが、水面監視人の様子を見る勇気もなく再び水の中に潜替りました。泳ぎながらはずれたビンをつけ直し、そのまま反対側からプールを出て、何食わぬ顔で医務室に戻りました。全く、カツラにとって水は大敵です。さて、カツラをしている人間は他にも思いがけないところで注意しなくてはなりません。経験のない人にとっては考えもしないことでしょうが、服を買うときなどにも注意する必要があるのです。百貨店などを歩いていてよさそうなセーターが目についたとしても、それがVネックであればいいのですが、首がつまっているようなタイプだと買うのをあきらめなくてはなりません。

上の髪で見えないようだ

その金額がかかり続けるという事です発毛サロン業界最大手セーターを脱いだとたん髪の毛も取れて、まわりの人をびっくりさせかねないからです。さらに注意しなくてはならないのは遊園地です。ジェットコースターなどに乗ると、頭に当たる風の勢いでカツラが飛んでいってしまうかもしれないのです。実は私はこれでエライ目に遭ったことがあるのです。
本来その日は遊園地に行く予定などありませんでした。しかし、お相手の女性が遊園地に行きたがったので、つい「遊園地なんか怖くないぞ!」とわけのわからない意地を張ってしまったのです。でももうあとの祭です。なぜか私は遊園地の入口に吸い込まれてしまいました。さらに悪いことには、その女性は何故かスリリングな乗り物がお好みのようでした。でも、彼女が「フライング· カーペットに乗ってみましょう」と言ったときにはまだチャンスがあったはずです。「いやあ、どうも僕はこういうのに弱くって」という言い訳をして逃れてもよかったのです。事実私は乗り物酔いが激しく、子供の頃からバスが苦手でした。しかし私は愚かにも「フライング·カーペットだろうが何だろうが、怖くないぞ!」という意地を張ってしまったのです。確かに泣こうが叫ぼうが時間が来れば乗り物は止まります。しかし、風で髪の毛が飛んで行ってしまったら、私の立場はどうなるのでしょうか。いろんな意味で取り返しのつかないことになるのは目に見えています。そのことを恐れた私は取りあえずトイレに行って髪の毛の点検をしました。5つのピンをもう一度しっかり止めなおしたのですが、どうも最近、前額部がさらに薄くなって髪の毛を挟んで止めるピンがいくら頑張ってもしっかり止まらなくなっていたのです。前後にずらしたり、左右にずらしたりしてみましたが結局、少し緩いままにきており、しておかなくてはなりませんでした。覚悟は決めたものの、これという対策もなく私はフライング·カーペットに乗り込むことになりました。これは4、50人ほど人を乗せて縦にグルグルと回る乗り物です。外から見ている分にはさほど怖そうには見えませんでしたが、いざ乗るとなるとメガネや持ち物は飛んでいってしまわないように預けなくてはなりませんでした。思わず頭のテッペンは大丈夫だろうかと心配してしまいました。さて、座席に座ると安全ベルト代わりの鉄のバーが膝の上にガチャンと降りてきました。万が一のときでも人間がカーペットから放り出されないように、ということです。前の座席の背もたれの手すりをしっかり握るとカーペットがおもむろに動き始めました。ゆっくりと高いところまで上がって行きます。頂点で一旦ピタリと止まったときには予想よりも随分高いところに来てしまっており、「こりゃあちょっとマズイぞ」という気がしてきました。つかのまの静止の後にカーペットは地面めがけて落ち始めたのです。周囲からは「キャーツ」という悲鳴が上がっています。私は無意識のうちに右腕で手すりを抱え込み左手で頭頂部を押さえていました。万ーカーペットから体が放り出されても困るが髪の毛も放り出されたら困る、という私の立場からすれば他の姿勢は取りようがなかったのです。「グオオオオオ、グオオオオオ」という不気味なうなりを上げてカーペットは前に回ったり後ろに回ったりします。

薄毛の原因が皮脂っていう

社会的に薄毛治療が認知されてきた証拠でもあります。

突然止まって「これで終りか、ャレヤレ」と思わせておいて、また動き出すという細かい芸もありました。周りの人たちは「もうええ、もういらん。はよ降ろしてくれ!」などと叫んでいます。私は相変わらず右腕で手すりを抱え込み、左手で頭頂部を押さえる奇妙きてれつな格好です。人から見れば「何でこの人の体は斜めになっているの?」と思われたに違いありません。不思議に恐ろしいという感情もなければ、気分が悪くなることもありませんでした。とはいっても周囲の景色を見る余裕もなく、ただ前の人の
背もたれの板を脱んでいただけに終わってしまいました。ようやく本当にカーペットが止まる頃になってから、私はさりげなく左手を膝に置き、背筋を伸ばして自らを取り繕いました。「まさか隣に座っていた女性は私の奇妙な格好に気がついていなかったろうな」と思いましたが、彼女は私の方をチラッと見て「片手を上げているなんて余裕でしたね、先生は」と謎の発言をしただけでした。遊園地といえば、別の日にも職場の何人かと行くことがありました。この日も最初は遊園地に行くことにはなっていませんでした。しかし、それは単に私が知らなかっただけで、3台の車は一直線に生駒山の山上遊園地に向かって行ったのです。この日は私も虫が知らせたのか予めアロンアルファーで補強していたので大丈夫でした。アロンアルファーで補強すると、はずすときに頭の皮まではがれてしまうだろうと心配されるかもしれませんが、これは少し説明をしておかなくてはなりません。

M字のあたりの産毛も濃くなっている気がしますし。


薄毛を克服できた瞬間

>そこの部分の毛がひっぱられてだんだん薄くなってきます。前額部の髪の毛がどんどん薄くなってピンで止められなくなった私は、アスペン·ヘアーの人の勧めにしたがって、この部分のピンをはずし、カツラの人工皮膚の部分と自分の皮膚を両面テーブで接着することにしました。こうすると多少はずれやすくなりますがピン特有の地肌から浮いた感じがなくなり、よりカツラとの一体感を得ることができます。色々な事情で特にしっかり止めたいときにはこの両面テープと地肌との間をアロンアルファーで接着してしまうのです。どうしてテーブと地肌の間かというと、もし前額部でカツラがはずれるとすれば、それはカツラの人工皮膚とテーブとの間ではなく、テープと地肌との間だからです。つまり自然の皮膚は汗を分泌したり、角質の脱落(フケ)があったりで、どうしてもテーブとの間がはずれやすくなるのです。したがってここをアロンアルファーで固めておけばよほど強い力が加わらない限り、はずれることはありません。しかも本当にカツラをはずしたいときには、端を持ってうまく引っぱれば、さほど痛い思いをすることもなくはずすことができるのです。
7 人には言えない苦労さて、この当時は私は大阪府の南の方にある某病院の脳神経外科に勤めており、河内長野市に住んでいました。以前から通っていた関係でこの頃も月に1回、カツラの定期点検と散髪をしてもらっていたのはアスペン·ヘアーの三宮店でした。カツラをつけはじめた最初の頃は「今週の週末あたりそろそろ散髪に行こうかなあ」と思ってから電話をして土曜日の午後か日曜日の散髪の予約をとることが簡単にできました。ところがこの店もだんだん繁盛してきだしたのか、予約を取るのが難しくなってきました。やがて、少なくとも前の週に予約を取らなくてはならなくなってきました。こうして苦労して予約をとっても河内長野から神戸までエッチラオッチラ電車に乗って行く途中にポケットベルが鳴り、救急患者やら何やらで容赦なく病院に呼び出されることもあります。そうすると改めて予約を取らなくてはならないので再び散髪が2週間後になったりするわけです。もう仕方がないので、風呂に入ったときに自分で髪を切ったりしたこともありました。やはりそんなときは次回の散髪のときに「自分で切っているんですか」と聞かれたりもします。


睡眠で髪の毛が成長しやすい時間を与えてやる

髪のあるなしに関わらず

髪の毛が増える方が断然気持ちが前向きなります。何でわかるんですかときくと、「いやー、右側だけしか切ってないですからねえ」などと言われたりしました。散髪に行くのもままならない状況でしたが、さらにもう1つの問題というのはカツラが実は消耗品であるということです。まず、人工皮膚に植えている髪の毛が少しずつ抜けていきます。自然の髪の毛とは違うので間違っても伸びたり、新しく生えてくることはありません。そして、自分の皮膚に直接触れる人工皮膚の裏側の部分がこれまたすこしずつボロボロになっていきます。というわけで、1年か2年たつと何らかの修理をする必要がでてくるのです。ところが、カツラ屋さんに製品を預けて修理している数週間の間も頭の上には何かを乗せておかなくてはなりません。ここで必然的に第2のカツラをあつらえることになります。ン十万円が吹っ飛ぶ瞬間です。当然カツラを乗せていた1、2年の間にも激しく髪の毛は減っており、より大きな面積で、しかも新技術とメーカーが宣伝するカツラが注文され、結果的に大きな出費になってしまいます。というわけで私はほぼ2年毎に新しくカツラを作り、このままではワシは未来永劫にカツラ会社を儲けさせるんかいな、などと悩んだりもしました。このようなある日、アスペン·ヘアー三宮店で新しい担当者に「これは新しい技術による画期的な新製品です。プロモーションビデオをお貸ししますから、ぜひ御検討ください」
といって1本のビデオを渡されました。おそらくはよりよく頭にフィットし、少々風が吹いても大丈夫、泳いでも大丈夫、というたぐいのものではないかと予想されました。


薄毛は治らないところが、やはり画期的な新製品というのは値段の方も画期的であることも容易に予想できました。医者は収入がよくて、ン十万円なんぞ何とも思っていないみたいに誤解されているのかもしれません。私はほとほと嫌になってきました。それにのんびりビデオを見ている時間も当時の私には全くありませんでした。この頃の私はメチャクチャに忙しく、慢性の睡眠不足だったので、ビデオを見る暇があったら迷わず睡眠をとる方を選びました。自動車を運転しているときですら、赤信号で交差点に止まったときは隣の人に「信号が青になったら起こしてくれ」と言っては東の間の睡眠をとったりしていたぐらいです。そんなわけで次に散髪に行ったときに「ビデオはどうでしたか?」と聞かれても何にも答えられませんでした。そのうち見る機会もあるだろうと思って、もう1ヵ月ビデオを借りていましたが、その次に散髪に行ったときにもビデオは全く見ていませんでした。業を煮やした担当者が「何でビデオを見ないんですか」と聞くので、思わず「新製品を買うといっても、お金もかかるじゃないですか」と答えました。ビデオを見なかったのは単に時間が無かったからですが、この発言もまた事実でした。すると担当の人は「そんなこと言ったってアナタ、カツラなしで済ますわけにいかないでしょう。今さらカツラを取ることはできないですよ。カツラを取るのはつけるより、もっと勇気がいるんだから!」と随分、偉そうに言いました。私が黙っていると「私の言ってることは間違っていますか?」


あなたに似合う髪型

とさらに追いうちをかけられてしまいました。何となく釈然としないものを感じながらも、しかたなく「わかりました。家に帰ってよくビデオを見ることにします」と答えました。しかし頭の中では別の考えができつつありました。それは「なるほどカツラなしで済ますわけにはいかんかもしれんけど、そのカツラをどこで買うかはこっちが決めることや。こうなったらアスペン·ヘアーの別の支店に行ったるで」ということです。これを面と向かって言えばさぞかし気持ちが良かったでしょうが、そんなことをして余計な恨みをかっても困るので、支店を変えることはその時は黙っておくことにしました。アスペン ·ヘアー本社の方は必ず支店単位で営業成績の尻を叩いているに違いありません。
というわけでアスペン·ヘアー梅田支店に電話して、「住所が変わったので、今度からお宅に散髪をお願いしたいのですが」と言ったときには、これはカモが来よったと思われたのか、三宮店よりはるかに対応が丁寧でした。またまた画期的新製品を勧められてはかなわないので、最初に行ったときに「いやあ、これまで三宮店に行ってたんですが、しつこく新製品を勧められましてね。

そもそも髪の毛の話題を禁忌として触れなかったかもしれない。

貼るタイプのカツラも大手会社から発売されています今つけているカツラは本当にもうダメなんでしょうか?」と尋ねました。すると予想どおり新担当者は「いえ全然そんなことはないですよ。私どもはお客さんに無理に製品を勧めることはしませんから、安心してください」と言ってくれました。これでひとまず安心ですが、三宮店の人に私がこちらに移ったということを知らせようと思ったのでそうそう、三宮店から新製品のビデオを借りていたんですが、もう行くこともないし、笹生からだって言って、そちらから返しておいてくれませんか?と言いますと、いいですよと2つ返事で引き受けてくれました。これでビデオとともに私のメッセージが十分に三宮店に伝わったことでしょう。梅田店は三宮店に比べると少し狭いようでしたが、お客さんの数はもっと多いように見えました。やはり、散髪の予約は土日に集中するようなので私は毎回散髪が終わったあとに次の、ということは1カ月先の予約をしてから帰ることにしました。こうすると一々電話する必要もないし、土日の好きな時間を取ることができて万事うまく行くようになりました。しかしながら、徐々にお客さんの数が増えていったので、やがて毎回2ヵ月先の予約までしておく必要がでてきました。ここの支店の問題はお客さんの待合室が1つしかないということでした。ということは客同士が鉢合わせすることがあるということです。事実、私は何回も他のお客さんといっしょになりました。ほかのお客さんといっても知人に会うわけでもなく、お互いにカツラなので気持ちの上では五分五分のはずです。こちらが一方的に困ることもないはずですが、何となく気まずいものがあります。