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今日は何が何でも髪を守り抜くと。

これに対して製黙っているのは、お尻を撫でられた女性が黙っていて一言も言わないのと同じことでしょう。「スキンヘッドを撫でられたら間髪をいれずに相手を殴るべきである」と私は自分に言い聞かせました。どちらかといえば私は気が長く、腹の立つタイミングが人様より30秒ほど遅いので、「間髪をいれずに相手を殴る」というのは最も苦手とするところです。しかし、ことは男の面子にかかわることなので、イザというときにはやはり態度を
はっきりさせる必要がありましょう。このようなことを書いていると、この時期の私はすっかりスキンヘッドにすることを決心していたように思われるかもしれませんが、本当のところはかなり迷いがありました。スキンヘッドにするということはいかにも男らしいし、あの気の狂いそうな頭の癖さともおさらばできます。しかし、しかしです。実際にスキンヘツドにするということは、カツラをとることも含めて随分抵抗があるのも事実でした。妻はとにかく剃れ、剃れと毎日のように言います。なんという新妻でしょう!私はいずれ将来的にはスキンヘッドにするつもりにはなりましたが、それは2、3年先のことだろうな、と漠然と考えていました。

さて、脳外科では当然のことですが頭の手術をします。このときには手術前に全刺毛といって、患者さんの頭をすっかり剃ってしまうわけです。髪の毛があると、消毒したり皮膚を切ったりするのが難しくなりますが、何といっても手術しているときに髪の毛が脳の上に落ちたり、中に入ってしまったら大変なことになるからです。しかし、特に若い女性の患者さんの中には髪の毛を切ることに抵抗のある人が随分沢山いるようです。我々の感覚からすれば、髪の毛を切っても命の危険もなければ痛くもないわけで、手術そのものに比べればずっと気楽に済ませることができるのではないか、と思うのですがそうもいかないのが現実のようです。「先生は女性の心がわからないのよ、私は手術よりも髪の毛を切ることの方が嫌よ!」と言ったのは20歳を過ぎたばかりの学生さんでした。彼女は髪の毛を腰のあたりまで伸ばしていましたが、いざ病院内にある散髪屋に行って制毛するというときには相当抵抗しました。「そんなに私を丸坊主にしたいのだったら、先生も剃ったらどうなの。そうしたら患者さんの気持ちがわかるわよ」と言われたときにはよっぽど、「よっしゃ、ええチャンスやからこの際、思いきってスキンヘッドにしてしまおうか」と思わないでもありませんでした。患者のためという大義名分のもとに一気にスキンへッドにしてしまえば、私の過去を疑うものは誰もいないはずです。もう一歩のところでスキンヘッドにするのを踏みとどまったのは何も大した理由があるわけでもありません。そのときにはすでに土曜日の夕方になっており、早く家に帰って休みたかったからでした。

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カツラや植毛など

「悪いな、ワシもう帰るから君1人で行っておいで。そのうちにワシかて丸坊主にするさかい」と言って私は病院を出たのでした。スキンヘッドにしようかどうしようか、と悩んでいることはそう誰にでも相談できることではありません。そんなわけで私が相談したのは事もあろうにアスペン·ヘアーの中原さんでした。「先生、今さら何言うてるんですか。スキンヘッドやなんて正気の沙汰やないですよ!そんなこと言わんと、新しいのを1個あつらえはったらどうですか。今使っている製品は大分いたんできてますから、また新しいのが必要になりますよ。今度の新製品は前に比べるとずっと具合がいいですよ」という彼に乗せられて私はスキンヘッドにするどころか新しい製品を1つ注文してしまったのでした。またまたン十万円の出費です。新しい製品ができるまでには数週間かかりますが、この期間は少しうきうきした気分になる反面、大金が出ていくのが辛くもありました。
11 むしり取られたカツラちょうどゴールデンウィークになり、私は病院を休んで四国の妻の親戚の家に遊びに行きました。妻の母方の親戚はこの地で由緒正しい旅館を代々やってきたのですが、それを継いでいるのが叔母でありました。旅館の名前を「錦水」叔母は皆に「錦水さん」といわれていました。私たちはこの旅館に泊まって自転車に二人乗りして今治といい、城に行ったり、映画を見に行ったり、キャッチボールをしたりして過ごしました。そうやって普段できないことをして過ごしましたが、その間も妻は毎日のように「今しかない。今こそ剃ってしまうチャンスよ」と私を説き伏せようとしていました。そのうちにふと「いっそ坊主にしてしまおうか」という考えが頭をかすめました。念のため錦水さんに聞いてみると「折角、髪の毛があって若々しいし、本人はそれでちゃんとやっているのだから、無理に剃ることはないじゃないの」という、ごく普通のレスポンスでした。この2人の間に挟まれた私は「剃る剃らないは別にして、とりあえず開いている散髪屋の場所だけ確認してみよう」というまことに中途半端な決定をしました。しかしゴールデン ·ウィークのこととて営業している散髪屋さんは皆無でした。ちょっと足を伸ばして結婚式場にもなっているホテルに行ってみましたが、美容院はあれども散髪屋はありませんでした。「せっかく決心したのに残念だなあ」と私は半ば嬉しいぐらいでした。

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しかしこれを聞いた錦水さんは、幼な馴染みの近所の散髪屋に電話をかけて、「ちょっと一郎ちゃん、うちの甥っ子が頭をすっかり剃ってしまうけん、店を開けてちょうだい」と閉まっている店を無理やり開けさせてしまったのです。どうやら私の頭は、これを全部剃るという方向ですっかり皆の話が決まってしまいました。私は座布団をくくりつけた自転車の荷台に再び妻を乗せて、散髪屋に行きました。「実は私、今までカツラをしていたんですが、この際とってしまって坊主にしようと思うんですわ」と、散髪屋のオッサンに告白すると、オッサンは「へっ全部剃ってしまうんですか?」といって今さらながら驚いてしまいました。「このカツラは後ろの方で髪の毛にくくりつけて止めてあるんですけどね、まずこれを切ってはずしてほしいんです」「ようできてるカツラですなあ」というわけで、結婚以来、というより知り合って以来初めて真実の頭を妻にさらすことになりました。オッサンの方はいつまでも驚いていて「ほんまにこれ全部剃ってしまっていいんですな?」とやっています。初めて私のカッパ頭を見た妻はいっきに5歳ぐらい老け込んだような私の風貌を目のあたりにして、一瞬これは失敗か?と思ったそうです。私としては
ハゲている頭を見られる方が坊主頭よりも数段恥ずかしかったので「何でもええから、はよ剃ってくれ!」という心境でした。ウィーンというバリカンの振動が頭の皮膚に響きながら、残り少ない髪の毛がバサッ、バサッという風に床に落ちていきます。


右側の方が薄いですね

薄毛を克服できるかどう

そしてついにはすっかり坊主に、というよりスキンヘッドになってしまいました。外したカツラは用がなくなったとはいえ、一応袋に入れて持って帰ることにしました。再び自転車の荷台に妻を乗せ、すっかり涼しくなった頭で錦水旅館に向かってペダルを漕ぎました。やはり一歩外に出ると周囲の人の目が気になります。道を歩いている人が全員こちらを注目しているような気がするので全速力で町を走り抜けました。旅館に帰りつくと叔母がヒノキの風呂をわかして待っていてくれました。昼風呂に入って細かい髪の毛や長年にわたってたまった頭皮の垢を落とします。途中で妻が風呂を覗きに来ましたが、彼女は後々まで「あのとき浴槽にゆらゆらと浮かんでいた白い坊主頭が忘れられないわ」風呂から出た私は旅館の玄関の前で妻と叔母とともに記念写真を撮りました。今でこそ顔の皮膚の色と頭の皮膚の色が一致していますが、このときの写と言ったものでした。真では随分と生っ白い頭で、しかも恥ずかしそうな表情です。しかし妻の方は「やっぱり私の思っていた通り、頭の形がいいので坊主が似合うわあ」と御満悦でした。その夜、私は錦水旅館でひんやりした枕を後頭部に感じながら「とうとう本当にやってしもた」という感慨とともに眠りについたのでした。

薄毛について


かえって薄さを際立たせてしまうのは間違いないです。

さてスキンヘッドの頭で外に出ていきますと、四国の田舎町のこととて単に歩いているだけで周囲の人を随分驚かせてしまったようでした。ただでさえ身長180センチ以上ある大男の上に、スキンヘッドの頭が乗っているとなると田舎の人々には刺激が強すぎるようでした。どうも周りから人がいなくなるように思ったのは気のせいだったのでしょうか。一方、妻の方は「頭を坊主にしたからには、それに似合うメガネをあつらえなくっちゃ」と妙に張り切っていました。周囲に知り合いのいない田舎で坊主頭で過ごすのはしばらくすると慣れてしまいました。問題はいかにして大阪に復帰するかということです。どういう顔をして職場に出勤するのか、周囲の人々にどうやって言い訳をするのか、というのが私にとっての最大の課題でありました。否応なく時間はたち、ついにスキンヘッド後の初出勤の日がやってきました。
12 新たな出発人生の一大記念日であったはずのこの日のことは、妙なことにかなりの部分の記憶が欠落しています。この頃の私は自転車で大学附属病院まで出勤していたので、いつものように家を出て、白転車置場にとめたはずです。そこから病院の玄関を通り、エレベーターで9階まで上がり、病棟の1番奥にある研修医室まで行くのがお決まりのコースでした。その間には何人かの看護婦さん、患者さんやその家族、他科の医師などに会ったに違いありません。おそらくは、相手が事態を認識するよりも早くおはようございますと挨拶しながら小走りに研修医室に向かったのではないかと思います。ここまでの記憶があまりないということは、何といってもその先に待ち構えている研修医室の扉こそ私が最も重要視していたものだということを示唆しているのかもしれません。扉の前で私は一瞬止まってしまいましたが、すぐに気をとりなおして「おっはようこございまーす!」と勢いよく、しかもさりげなく入っていきました。私の頭に対する反応は予想したほどにはすぐに返ってきませんでした。

  • 毛穴の皮脂など
  • 生えなくなった髪の毛を再び生やす
  • この洗髪法です